うつ病と闘わない のほほん闘病記?

焦らない頑張らないのが最高の治療法ってことで、 のほほんと頑張りつつ頑張らない日々。


 誕生日を過ぎてから、ゲロゲロのうつになって、起きあがれず丸一日寝込んだあげく、死にたい死にたいとやってしまいました。
 このブログで、死ぬのは病気のせいだから、なんて書いておきながら、やっぱり死ぬ、死にたい、死ぬんだから、死ぬんだってば、ってな有様になってしまいました。
 つらかったけど、脱してみると情けない……。
 ……、のほほんと都合良く忘れることにします。

 えと、今日の「思いっきりテレビ」で、ゲストの方が「山本周五郎さんの(だったと思う。うろ覚えで、すみません)の言葉に、『人は死ぬのだと言うことが腑に落ちれば、人生の出来事などささいなものなのだ』」というようなことをおっしゃっていました。(とことんうろ覚えで、全然違うかもしれません)
 なんとなくですが、なるほどなあ、と感じました。うつなんて、ちっぽけなこと。なのかな?

 腑に落ちる。

 今度、うつうつになったら、そんなことを考えられたら考えてみたいと思います。

1. Posted by 楓 2005年11月10日 07:03
腑に落ちる。間違っているかもしれませんが、俗に言う「開き直る」って事ですかね?
うつの人に開き直りは良いみたい。どうせ死ぬんだから頑張って生きようみたいな。一種の認知療法みたいな感じなんでしょう。
2. Posted by さいとう 2005年11月10日 07:57
死にたい、死にたい! と思って、深い闇の中に落ちてゆくうつ。 自分の存在理由も無意味に思え、右も左も見えなくなって、ひたすら死ぬ事しか頭に浮かばない。

けど、逆に、どうしても生きたいと願っても、死は必ず訪れます。 

生きている限り、黙っていたって、いつか必ず死は訪れる、人は死に向かって生きています。
どうせいつか死んじゃうのだから、このままがらくたでバカで生きててもいいか、って最近思っちゃってます。

日記の内容とそれたコメントになっていたらすみません。






3. Posted by のほほん 2005年11月10日 08:31
楓さん
腑に落ちる。
深く心のそこからというか身体全体で理解する、ってことではないかと思ってます。
若い頃は親が死ぬなんて理解できなかったし、幼い頃は親の死は受け入れられないものでした。が、四十をすぎ、親も壮年になって徐々においていく姿を見ていると、いずれ親にも死が訪れると言うことが、なんとなくああねそうかと理解できるようになってきました。死んで欲しくはないんですが、失ったら悲しいに違いないんですが、いつか別れがくるということを心と体が理解し始めているような気がします。
それが、自分のみに起きることなのかなあと思うのです。どうなのか、まだ全然わからないんですけど。(^^;
4. Posted by のほほん 2005年11月10日 08:36
さいとうさん
自殺を考えたとき、どうやったら人に迷惑をかけないで死ぬかを考えました。
だけど、迷惑をかけない死に方って見つからなかったんです。
死んでも迷惑をかける、生きていても迷惑をかける。それなら図々しく生きて、迷惑をかけながらも、何か一つでも人のためになればいいかな、生きてみようかと考えるようになりました。
そんなかんじなのかなあと思います。生きるのって難しいっす。