うつ病と闘わない のほほん闘病記?

焦らない頑張らないのが最高の治療法ってことで、 のほほんと頑張りつつ頑張らない日々。


 昨日の「腑に落ちる」のコメントにも書かせていただいたのですが、死が腑に落ちるってのは、深く心の底からというか身体全体で理解する、ってことではないかと思ってます。
 若い頃は親が死ぬなんて理解できなかったし、幼い頃は親の死は受け入れられないものでした。
 が、四十をすぎ、親も壮年になって老いていく姿を見ていると、いずれ親にも死が訪れると言うことが、なんとなく理解できるようになってきました。死んで欲しくはないんですが、失ったら悲しいに違いないんですが、いつか別れがくるということを心と体が理解し始めているような気がします。
 死が腑に落ちるというのは、そういった理解が、自分の身に対して起きることなのかなあと。
 
 えと、自殺を考えたとき、どうやったら人に迷惑をかけないで死ぬかをあれこれ考えました。
 だけど、難しいですねー電車に飛びこめば乗客乗員の皆さんはもちろん、家族に損害賠償が行くし、飛び降りれば、そのビルやマンションに住む人、死体処理の人が困るし、海に入れば海上保安庁の方に捜索の迷惑をかけるし、樹海とかも定期的に捜索隊が入るんだそうですね。家で首をつったら、見つけた家族がショックを受けるだろうし……。迷惑をかけない死に方って見つからなかったんです。死ねない……。

 死んでも迷惑をかける、生きていても迷惑をかける。それなら図々しく生きて、迷惑をかけながらも、何か一つでも人のためになればいいかな、生きてみようかと考えるようになりました。
 そんな感じでいいのかなあ。とりあえず、それでいいかということにしています。
 生きるのって難しいっす。でも、死ぬのも難しい。ああ、難しや、難しや。