また死にたくなっています。理由はちょっとしたこと。愛猫の病が少し進んでしまったこと。
悲しいのは自分なだけで、愛猫はまっすぐ生きてまっすぐ病と闘っているのに、私は愛猫を失うことを恐れて涙し、悲しみます。
悲しいのは私。
勝手に悲しんでいるのは私。
自分のことしか考えないこの傲慢さ。自分がイヤで死にたくなります。
食欲も睡眠欲も性欲も何もない状態。
生きることを放棄しているこの状態を、薬で何とかしのいで生きています。
死にたいのは異常。
分かっているんですけれど、生存への強いエネルギーがわき上がらないのも事実。
こんな自分は、いえ、多くのうつ病の人たちは、なぜこのような病に冒されるのでしょう。そこに何か意味があるのだとしたら、死を恐れ無いどころか、望むという異常な状態の人間が多く発生する理由。そこに何か意味があるのだとしたら……。
それを知りたいと生きています。
無いのかも知れませんが、「ここだ、このときだ」と感じられる、このためにここまで生きてきたのだと確信できる死に時に逢うときまでは、少なくとも生きたいな。
誰かに迷惑をかけてしまうのかも知れないけれど。薬の力に頼っても。傲慢なヤツだとののしられても。
確信できる死に時までは。
悲しいのは自分なだけで、愛猫はまっすぐ生きてまっすぐ病と闘っているのに、私は愛猫を失うことを恐れて涙し、悲しみます。
悲しいのは私。
勝手に悲しんでいるのは私。
自分のことしか考えないこの傲慢さ。自分がイヤで死にたくなります。
食欲も睡眠欲も性欲も何もない状態。
生きることを放棄しているこの状態を、薬で何とかしのいで生きています。
死にたいのは異常。
分かっているんですけれど、生存への強いエネルギーがわき上がらないのも事実。
こんな自分は、いえ、多くのうつ病の人たちは、なぜこのような病に冒されるのでしょう。そこに何か意味があるのだとしたら、死を恐れ無いどころか、望むという異常な状態の人間が多く発生する理由。そこに何か意味があるのだとしたら……。
それを知りたいと生きています。
無いのかも知れませんが、「ここだ、このときだ」と感じられる、このためにここまで生きてきたのだと確信できる死に時に逢うときまでは、少なくとも生きたいな。
誰かに迷惑をかけてしまうのかも知れないけれど。薬の力に頼っても。傲慢なヤツだとののしられても。
確信できる死に時までは。


